8ミリ通信No.8 始まりは少年時代
〜キャメラマン森田富士郎さんの映像美学〜

 「へぇ〜八ミリやってるの。私もダブルのカメラ、今でも大切に持ってるよ。」差し出した8ミリ通信第2号を興味深そうに眺めて、日本映画を代表する名キャメラマン森田富士郎氏は言った。映画技術者を中心とする京都での新年会の時であった。以来、本誌を愛読していただいている。

氏は今年五月、大阪・高槻現代劇場に於ける文化講座”日本映画の巨匠たち”の講演にあたり、「キャメラマン 昔と今」をテーマにして映画人生を熱く語った。幸運にもこの講演を取材する機会を得て、氏の映像美学に触れてみた。(以下、撮影監督 森田富士郎氏を森田さんと呼称させていただく)
 一九二七年(昭和二年)、森田さんは京都・太秦(うずまさ)で生まれ育った。
十二才の時、銀行員だった父親を亡くした。生前、父の趣味が写真だったこともあって、引き伸し機で写真を焼き付ける後ろ姿を毎晩のように見て育ち、いつしか森田さんは写真好きの少年になって行く。生家が映画撮影所のそばであって、そこが少年時代の遊び場でもあった。その後、戦後の混乱期の中、妹三人と母親という家族を支えるため、身近な環境の映画界を希望した。昭和二十二年大映京都撮影所撮影課に入社、森田さんの映画人生の幕が開く。

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        講演中の森田さん


 「大魔神」を撮るー 「大魔神」といえば特撮、特撮といえば森田さん。人間と魔神の大きさの、計算されたバランスの良さが成功の秘訣であると語る。特撮の分野が根っから好きだった森田さんは前作、日米合作の「あしやからの飛行」で特撮を担当、ハリウッドの撮影技術陣をうならせている。

 キレイと美しいとの違いー 現代の日本人の感性は「リアル幻想」に支配されている。常にクリアにいつもシャープにという・・・
そういうものの見方、感じ方が今日的なキレイだという妄想を抱いていると思う。キレイと美しいとは根本的に違うものであると話す。
現在はレンズやフィルムの解像度が良くなって、現実に対して非常に忠実な再現力を持っている。だから美しさを表現するためには現像方法やフィルムの選択において、、慎重にキャメラテストを繰り返さなければならないと説く。

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     映画撮影現場の森田さん

 思い出の監督ー 数多くの作品を手がけた森田さん、劇映画60本のキャリアの中で一人の監督をあげるとしたら五社英雄さんだという。「人斬り」で初めてコンビを組んで以来、「鬼龍院花子の生涯」、「陽暉楼」、「吉原炎上」、「226」、「陽炎」、そして監督の遺作となった「女殺油地獄」まで合計十三本がある。五社作品から受ける印象はエネルギッシュな力強さであって、その要因としてアップサイズの多用がある。俳優の皮膚感、汗、目の潤み涙・・・など、感情表現として必要な描写が映画の特質であると語る。
 森田さんは今、日本映画に美しさが無くなってきたという。忘れ去られた日本人の感性を今一度考えてみたらどうだろうかと問いかけている。豊富な経験と技術に触れてみて、今後の8ミリ撮影に大いに役立たせて行きたいと感じた。
(取材・吉岡 博行)

8ミリ通信No.8 page,3
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2010-04-08 17:30 | 始まりは少年時代/森田冨士郎 | Comment(0) | Trackback(0)
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