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8ミリ通信No.8 UNIVERSAL STUDIOS JAPAN
USJ体験記 絹清 昭

 映画大好き人間が、待ちに待ったUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)が三月三十一日にオープンした。既に3回も行ったという我がスタッフ、絹清氏がその見どころ、楽しみ方をここに紹介します。
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2010-04-12 18:50 | USJ体験記/絹清 昭 | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.8 テレシネ工場界隈を歩く其の4
〜映画の舞台、西陣

 景気の低迷で機織る音が少なくなったとは云え、西陣の町を歩くとまだまだ路地の奥からハタ音が聞こえ、華やかなりし頃を偲ばせてくれる。テレシネ工場にもその音が響き、時には映写機の回る音とハーモニーを奏でる。そんな西陣の栄枯盛衰は多くの映画人の心を捉え、フィルムが作られた。
 「西陣の姉妹」(大映京都・一九五二年作品)は惜しくも昨年他界した名匠・吉村公三郎が監督、脚本は新藤兼人である。
女性を主人公とした映画を得意とする監督は没落していく西陣の織元を舞台に美しい三姉妹の生き方を描いている。

8_04_convert_20100409164428.jpg
              現在の五番町あたり

 「西陣心中」(ATG 一九七七年作品)は西陣の帯屋を生家とし、アマチュア8ミリ作家から商業監督になった高林陽一が監督・撮影した。西陣の織屋に住み込む主人公のゆみと恋仲の織職人の心中を描く。西陣織りの綴れ帯をふたりの死装束として表現したこともここの生まれの監督ならではである。
 「五番町夕霧楼」(東映・一九六三年、松竹・一九八〇年)は、水上勉の小説を映画化した。西陣のはずれにある遊郭に生きる夕子と修行僧の愛を描いたものである。
郭は一番町から六番町まであり、当時はおよそ二百軒からなる家々は軒並み妓楼だったとか。今でもその面影をしのばせる建物が随所に残っている。

8ミリ通信No.8 page,4
2010-04-09 17:00 | テレシネ工場界隈を歩く4 | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.8 イメージ、感光、乱反射。
京都国際学生映画祭2001は今年9月15〜19日京都市内の池坊短期大学と京都市芸術センターを会場として行われます。韓国・香港・インドをはじめ、海外の学生たちが制作した招待作品や、国内の学生コンペ作品約240本を審査し、入選作十数本を上映する。

京都国際学生映画祭2001
実行委員 T


 「スターウォーズ」が日本に上陸した年に生まれて二十云年、まさか自分が映画なんていうきわめて曖昧な世界に首を突っ込むことになるとは、よもや想像だにしなかった。さらに、その入口が8ミリ制作というこれまた曖昧さを絵に描いたような状況だった。ふと気がつくと此処が何処なのか、自分は一体何なのか・・・
こんな問いを自分に投げかけると、暫しの間考えてしまう。これはさして誇張という訳でもなく、極当然の問いかけなのである。
 私は、京都外国語大学の4回生であり、過去数本の8ミリ映画を制作し、しかし現在はその制作地点からはやや距離をおいている。というのも、私は今年9月に開催する京都国際学生映画祭の歯車のひとつであり、その内(なか)の某企画(任務遂行と表現した方が良いかもしれない)が為、京都市内を奔走し海外とも交信し、悪戦苦闘しているからである。
 しかし、その枠内から出た私は、8ミリ好きの学生であり、ロシアへも行かねばならんと公言しつつ、現在着々と京の「まちや」への移転を計画しつつ、相変わらずハイライトは手放せず・・・
 さて私が一体何なのか誰なのだか、全く判然としないがー もし映画祭に足を運んでいただく機会があれば、そこで私に問いかけていただければと思う。
「あなたは一体、どなたなのでしょう。」
「ハイ、困ったことに私にもよく判らないのです。・・・よろしければ教えていただけないでしょうか、私が何物であるのか・・・」

8ミリ通信No.8 page,4
2010-04-08 18:30 | イメージ、感光、乱反射 | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.8 始まりは少年時代
〜キャメラマン森田富士郎さんの映像美学〜

 「へぇ〜八ミリやってるの。私もダブルのカメラ、今でも大切に持ってるよ。」差し出した8ミリ通信第2号を興味深そうに眺めて、日本映画を代表する名キャメラマン森田富士郎氏は言った。映画技術者を中心とする京都での新年会の時であった。以来、本誌を愛読していただいている。
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2010-04-08 17:30 | 始まりは少年時代/森田冨士郎 | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.8 文豪パロディーシリーズ (3)
8ミリ合格』

 傷の多い生涯を送って来ました。自分には、はっきりくっきりのビデオというものが、見当つかないのです。自分は田舎町でずいぶん長く使われていましたので、ビデオを見たのは、よほど後になってからでした。自分はビデオキャメラの映像が撮影してしてすぐ見られる事の意味に気付かず、ただそれは誰でも安直に複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。スイッチポンの再生は自分にはむしろ、ずいぶん垢抜けのした遊戯で、それはビデオのサーヴィスの中でも、最も気のきいたサーヴィスの一つだと思っていたのですが、それはただ撮影者がすぐに映像を見たいがための頗る実利的な装置に過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めました。

(ダサイ・オーサム著)

8ミリ通信No.8 page,2
2010-04-08 12:20 | 8ミリ通信No.8 連続小説.3 | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.8 8ミリいろは(つづき)
 アトムの子供らに伝えたい古き良き8ミリ時代。


 サバイバルのデジタル合戦横目に8ミリは悠然と。


 傷ついた8ミリフィルムを修復する。我が子のように。


 油断大敵、8ミリ撮影は露出・スピード考えて。


 メル友の出会い系よりもっと楽しい8ミリ通信


8ミリ通信No.8 page,1
2010-04-08 12:00 | 8ミリいろは(つづき) | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.8 考察! France madeと日本人
 映画というのは、今も昔も原理はまったく同じである。フィルム上に何万という連続した静止画像を載せる。これを動画にするには、一分間に27メートルのフィルムが必要で、8ミリでも実に5メートルのフィルムがいる。このフィルムを一定のスピードで動かせば、見る人には実際に動いているように見える。いうなれば目の錯覚を利用しているのが映画である。
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2010-04-07 14:55 | 8ミリ通信 No.8 | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.8 平成13年(2001年)7月1日発行
8_01_convert_20100405133614.jpg

けなげに咲く道路沿いの夾竹桃香しきは8ミリフィルムの匂い

 振り返って見れば幼少の頃、我が家の茶箪笥にひと巻きの印画紙を発見した事に始まる。写真屋でもなく、親戚にもそんな系統のない家にこんなものがあったことは今もって謎である。
 日光写真や水写真に興味をもっていた私にとってこの偶然な出会いは、今思えば人生を決定づける大きな要因となったかも知れない。その時の少し湿っぽく、ほのかな感光剤の匂いは今でもはっきりと脳裏に焼きついている。
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2010-04-05 15:50 | 8ミリ通信 No.8 | Comment(0) | Trackback(1)
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