8ミリ通信No.7 松下隆一の8ミリ映画撮影だより
『マリコと一日』を製作して

『マリコと一日』:ある日、子供たち(劇団アクターズ京都)は病気で死んだはずのマリコに出会う。夢中で彼女を追いかけるうちに、子供たちは生きている時はほとんど話もしたことのないマリコが何をしたかったのかを知る。

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京都の路地で演出中の筆者、中央奥。

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2009-06-17 17:45 | 8ミリ映画撮影だより | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.7 連続小説.2
『老人と8ミリ

 かれは年をとっていた。
琵琶湖に小舟を浮かべ、ひとり8ミリキャメラで魚を撮って日をおくっていたが、ワンカットも撮れない日が八十四日もつづいた。はじめの四十日はひとりの撮影助手がついていた。しかしワンカットも撮れない日が四十日もつづくと、撮影助手の友人らは、もう老人がすっかり”ミゾグチってる”のだといった。”ミゾグチってる”とは撮影スタッフ用語で最悪の事態を意味することばだ。
撮影助手は友人らの忠告にしたがい、ビデオキャメラを担いでべつの船に乗りこんで撮影に出かけ最初の一週間で、みごとな魚を三カットも撮り上げた。老人が来る日も来る日もワンカットも撮れずに帰って来るのを見るのが、撮影助手にはなによりも辛かった。かれはいつも老人を迎えにいき8ミリキャメラや三脚などをしまいこむ手伝いをしてやった。老人と同様に老いて傷だらけになった8ミリキャメラではあったが、その姿にはいつか最高のショットを撮るという、永遠の執念が漲っていた。                        (Arayotto,Hennaway)
                                 8ミリ通信No.7 page,2
2009-05-08 10:35 | 連続小説.2 | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.7 8ミリいろは(つづき)
健康で明るい未来に向けて21世紀も8ミリ撮ろう。


ふみ待つあなたへ贈るEメールでなく8ミリ通信

子供たち、8ミリフィルムの中で戯れる姿を永遠に。

衛星放送もデジタル化、8ミリ保存もデジタルで。

天知る地知る8ミリ知る、激動の20世紀を残して。

                                8ミリ通信No.7 page,2
2009-05-05 16:35 | 8ミリいろは(つづき) | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.7 8ミリの独り言
〜家族とともに〜
 二十一世紀が目前である。そして私は六十八才を迎えた。母なるイーストマン・コダックは私を16ミリの弟分として生んでくれた。一九三二年に生をうけ、わずか3才にしてはるばる太平洋を越えて日本へやって来た。その頃の日本はとても平和で、先に来た兄さんやフランス生まれのパテーさんが活躍していた。小さな私など受け入れられるのかと心配したが、それもとりこし苦労で、たくさんの家族から歓迎された。
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2009-04-15 15:45 | 8ミリ通信No.7 | Comment(0) | Trackback(0)
8ミリ通信No.7 平成12年(2000年)12月1日発行
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 この秋、高校時代のクラブの旧友たちと、当時の顧問の先生をたずねようと長野県須坂市への旅に出た。
旧友とも、その先生とも二十年以上も顔を合せていないので、少しわくわくした気分であった。
 敦賀で拾ってやるというので、久々にハンドルを握らなくてもいい旅で”車中後部席にふんぞり返る人”となり、車は一路北陸自動車道を北上した。
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2009-04-03 15:15 | 8ミリ通信No.7 | Comment(0) | Trackback(0)
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